秋のかほり

久々に実家に帰りまして、昨日の夜夫の元へ帰って来ました。

 

実家にはなんとなんと6日も居たのだけど、全然地元は変わってなかった。

 

ほんの少し家が増えて、幼い頃から大学生まで散々に利用していたダイエーは無くなって、今度はヤオコーが出来るらしい。

 

年寄りが多くなったなと思う

 

父がついに糖尿病になってしまった。まだ全然軽度のものらしく、血糖値やコレステロール値を食事療法などでコントロールして、薬をちゃんと飲めば全く問題はないらしい。

 

けど、車で迎えに来てくれた父が私に言った言葉がとてつもなく痛かった。

 

「これで長生きはできなくなったな。お前とも顔を見て話せる時間は、時間だけで数えたら多分3日くらいなんじゃないか」

 

100くらいまでは生きるつもりだったんだけどなあ、と苦笑いする父の顔をミラー越しに見て黙る。

 

「まあでも今は糖尿病になっても寿命が30年ほど延びてるらしいから、いけるでしょ、100歳くらい」

 

そう返す。そうだな、と笑われた

 

祖母は相変わらず認知症が酷くて、母はいつも通りだった。

 

久々に実家の店の手伝いをした。一人で酒を2万6000円ほど売り上げた。

営業力がちゃんと付いていたことが嬉しかった、家族は皆ありがとう、あんた本当に凄いねと褒めてくれた

 

 

父と仕事ができるのも、あと何回あるのだろう

 

いつものカフェでランチセットを頼んだ。変わらず美味しいクリームパスタとサラダとスープ、めちゃくちゃガムシロを入れて飲むミルクティーの癖は初めて入った時から変わらない。キャラメルシフォンケーキの美味しさは本当に随一だと思う。どんなに距離が離れても、通ってしまう素敵なカフェ。私の宝のひとつ。

 

かつての恋人とよく行っていた。今はもう一人だ。

 

この間は真夏で風が温かった。ほんの少しだけ冷たくなった風に秋を感じる。ほんの少し辺りを散歩する。この街も変わらない

 

実家がある街、私が一番最初に始めたアルバイトはその駅近くのカフェだった。

そこにも母を連れて行ったらたまたま店長とその妹が居て、少しサービスしてくれた。母と色々な話をした

 

認知症の祖母からは夫に保険に入るよう言って欲しい、そればかり言われて流石に頭にきてしまい、それ何度目だ!いい加減にしてくれと怒鳴りつけてしまった。認知症の人間に言ってはいけないのだが、あまりにもしつこく言うもので限界だった。

 

祖母ももう高齢なのでいつどうなるか分からない。なるべく優しく接してあげたいとは思っているのだけど、如何せん保険の営業をやってきた元々はバリキャリなのでボケても金の事は口煩く言ってくる。

 

父はしきりに私に色々と気を遣ってくれるようになった。帰る度に美味しいご飯を作ってくれるし、昔はそんな事しなかったのに私に酒を必ず勧めるようになった。本当は酔ったついでに語り合いたいのかも知れないけど、どうしても照れが先に来てしまって上手く話せない。

 

でももう、家族ともちゃんと向き合わないといけないのかもしれない。

 

私の親は晩婚だ。両親の歳の差は15歳もあるので、母はまだいいにせよ父はもう67になる。祖母は73だ。あと4年もしたら、うちの家族は半分も70代になってしまう。

 

母方も父方も、90を越えた人はほとんど居ない。

 

私は多分、多分だけど同学年の子達よりも家族と一緒に居れる残された時間は少ない。 

大人になって、まだ何一つ恩返しができていない。

 

このままだと、多分私は後悔する。

 

「いつまでもあると思うな親と金」とはよく言ったものだ

 

 

6日間はあっという間に過ぎた。

 

地元の風は透明だなといつも思う。透明で瑞々しくて、浴びるだけで健康になれそうな気がする。流石ド田舎と言った所か。感性が磨かれ、感覚が研ぎ澄まされるのはやっぱり地元なのだ。

 

髪を染めた。人生初のブリーチは結構ヒリヒリして痛かった。脱色するって痛いんだと初めて知った。マッキンキンになった髪は、田舎のヤンキーみたいだった。その後少し色を入れて、落ち着いた金みたいになった。

 

翌日についでにとマツエクもした。

今の私は金髪のドールみたいになっている。

 

沢山外を歩いた。懐かしい近所の人達。いつの間にか皆少し歳を取って、私の知っている子達は皆東京に行ってしまったらしい。

 

懐かしい、実家や街はあまりにも変わらず私を受け入れてくれるので、あまり帰省しているという実感が湧かない。いつも通り学校やバイトから帰ってきたくらいにしか感じない。ちょっと2泊3日くらいの合宿とかに行ってて、そこから帰って来ましたくらいにしか感じない

 

けど、私はもう24歳で、もう学生じゃなくて、もう独身でもなくて、私の知っている子達ももう子供じゃない。

 

あっという間なんだろうな、人生ってきっと

 

当たり前のことをどれだけ痛感することがこれからあるのだろうと思うと、少し怖い

 

でも、疲れたら、灰色になってしまったら、情緒を捨ててしまいそうになってしまったら、私はきっとここに帰ってくるのだろう

 

いつまでも、私の愛するあの街が変わらず在ってくれることを切に願う。

 

 

 

 

残像

薄ぼやけて視える、何か。多分、記憶なんだと思う

 

先述した彼女のブログを読んで、もう一度文章を書こうと思う。少し冷たくなった朝、まだ私達の部屋は微妙に薄暗い。シンとしたような、ほんの少しだけ凛としたような空気の中、私はこれを一人書いている。夫はついに力尽きて眠った。髭が伸びている

 

彼女に憧れて憧れて、何度も読み返しているけど、私は彼女のような生き方は多分、できない。いや、できるのかもしれないけどしたいとは思わない。彼女は美しく賢いから、多分あんな生き方ができて、それがまかり通ったのだと思う。私にはあそこまでの繊細さは、ない。その代わり夜遊びのような生き方をしている。例えるならば、彼女は真冬の早朝、霧が立ち込める森の中に居るような生き方だとすれば、私は真夏の祭りの夜、外れで草原を眺めているような生き方だ。彼女が完全な静寂と淡さの美であるならば、私はただ喧騒に添いたい願望を持ちながら、夜の草原が奏でる静かな音色に耳をすます生き物だ。夜が私の本領発揮ではあるけれど、それはある程度居心地の良い深くて広い闇でなくては息ができないのだ。彼女は多分、その美しさを持って都会の宝石にも上手く溶け込めるだろう。私にはそれができない。

 

風と水のような違いじゃないかと思う。彼女は風で、私は水。

 

彼女は樹のようでもあったし、深い緑の葉を身につけているようでもあった。対して私はそのような落ち着きはなく、力強く撒けば多少痛みさえ感じる液体であったし、夏の夜でもそんなに冷たくならない生ぬるい透明な液体であったと思う。

 

彼女の文章を深夜に読むと、心をどこまでも抉られる。そして、忘れていた色々なことを鮮明に思い出す。自分が何をしたいのかも、どんな風に生きたかったのかも。そしてまだ私はそれを諦める必要はなくて、兎にも角にも歩かねばならぬと思う。

 

いっぱい迷ってきたんだな。彼女のブログをずっと読んでる。とにかく彼女のブログをずっとずっと読んでる。苦悩して、苦しんで、もがいて。それは私もやってきたはずだった。

 

けど、私は悩む時間が少なかった。ちょっと一人でふらっと海でも眺めれば、すっと答えが出て、あっという間に実行するタイプだったから、ほとんど誰にも頼らず一人で何でも決めてきた。

 

でも最近は、夫に甘えてばかりいる。だんだんと思考することもなくなってきて、本当にダメな奴になりかけてる。けど、彼女のブログを読んだ。読んだのだ。何かが、今まで数年は死んでいた私の何かが、息を吹き返してくれた。

 

冬の冷たさも、今はもう愛せると思う。あの頃みたいに苦しくて痛い冬じゃない。

 

眠れば、隣に夫が、温かい夫が腕枕をして、さらにはぎゅっと胸元で抱きしめながら眠ってくれるんです。もうあの頃みたいに、指の先が触れ合うだけでも嬉しくて、そして胸が痛いほど切なる夜はない。束の間、ほんの二時間抱きしめて寝てくれても、また次の日には私以外の女を抱く事実に吐き気を我慢しながら眠りに落ちたあの日はもう、二度と来ない

 

あの男達は、今、どこで何をしているのだろうか。

 

かく言う夫も、昔は相当遊び人だったらしく、過去を聞けば聞くほど悔しくなる。そしてそれは彼も同じらしく、私も過去を話すと我ながらなかなかにエグい。9歳も上の私の夫。恋人だった人。ついに法律的にも結ばれたわけだけど、正直今だ実感はない。あと六日で結婚して一ヶ月経つのだ。やばい、まだ色々名義変更してない……

 

9歳も歳が上の夫の寝顔は、おっさんだな、とふっと笑ってしまうのだけど、それでも愛おしい私の旦那であることには変わりはなくて。でも、こんな顔していびきをぐーすかかいている人が、一年前は黒服を着た私の上司で、職場では司令塔をやってるなんて、人って面白いなと思う

 

上司だった。私の愛しい上司。尊敬する、マルチタスクを得意とする異常に頭の回転が早いソムリエ。彼の頭の中で、あの予約表と空席の把握、これから来る客の席配置などがパズルのように組み立てられていく。どちらかというとルービックキューブに近いのだろうか。それらがあっという間に組み立てられていく。同時にバーテンダー業務もこなし、インカムで部下に指示を出す。洗い場に立てば誰よりも速く、グラス拭きも恐ろしい早さでこなす。無論、作業だけでなく部下の育成や接客スキルも上層部から高い評価を得ている。実際、顧客満足度アンケートなどで彼は何度も名前を書かれている

 

しかし、口は悪く普通に怒鳴り散らすこともある。多分口で人を殺せるってくらいに口が悪い。私も何度も怒鳴られた。

 

それでも、いつもちゃんとフォローを入れてくれるのは彼だけであった。本当に私がダメになってしまいそうな時、いつも支えてくれたのは彼だった。飲み会の日、インターン先でお世話になった先輩が来ないからちょっと見てくると外に出て、ひたすら待ちぼうけをしていた私に唯一電話をしてくれたのは彼だった。

 

なぜだろうか、何となく私は入社して配属されたその時から、誰に言われずとも彼に懐くのが一番いい、ということを感じていた。勘のようなものだ。嗅ぎ分けた、と言ってもいい。それから、あの時から、何となく彼が私を守ってくれるような、助けてくれるような、そんな感じがした。だから、どんなに口汚く怒鳴られようと、何となくあまり怖く感じなかったし、何となく、何を言われても何となく、本当に何となく好きだった。口は悪いけど実は優しいお父さん的存在、みたいに思ってた

 

初めて抱かれた時、抱きしめてくれた時の体温をよく覚えている

 

眠くなるような腕の中で、太い杭で体を貫かれているような衝撃を受けて、でもいつかこの人ともっと仲良くなれればいいなあと思っていた。もっと知りたかったし、助けてほしかった。多分、私のことをこの人はどんな部分でも受け入れてくれるんじゃないかと思った。だから、私も受け入れてみたかった。

 

溶け込める人が欲しかった。どこまでも依存させてくれて、私の病気のことも、私のあまり人に見せない部分も、こんなポンコツでしかない人間がどうやって生き延びてきたのかも、私の持っているもの全てを賭けて、彼のことを手に入れたくなったのだ。

 

初めて家に行った時は、部屋が橙の暗い照明のおかげで妙に薄暗かった。ベッドが柔らかくて、よく揺れた。私はよく、揺らされた。それは今もそうだけど、今はもっと部屋が明るくなった。私が暗いと言って、照明を変えたから。

 

彼はよく付き合う前から頭を撫でてくれた。手を繋いだ時も、温かい彼の手が好きだった。

 

彼の話を聞いた時、私は一人でスマホを耳に当てながら涙を流した。余計に、私が傍に居なくちゃいけないと思った。彼がネットでの恋愛に破れた時、私は実家から始発で彼の家に行った。家族は「あんた、苦労するよ」と言った。「自分が苦労と思わなければ、それは苦労じゃないよ」と返した。家族は幸せになれる人と付き合いなさいね、と言った

 

海で彼に、「もうお前俺の女になれ」と言われて抱きしめられた時、ようやくかつての恋人と決着がついた。

 

最初、「体の浮気だけはしても何も言わない」って約束だったのにね。そもそも彼は、私のことを最初は遊ぶだけのつもりだったのだ。美味そうな肉、そう表現していた。付き合うのなら、俺は他の女とも体だけは遊ぶよ、と

 

けど、結局そんな様子は微塵もなく、そのまま結婚しちゃった。今じゃ自分から「他の女なんて興味がない、火々里さんほどのいい女は他に居ないし、浮気する時間や金があるならゲームしてる」と堂々と言い放ついい男になってくれました。

 

今や旦那のアナルに座薬を注入する日々。

 

あまりにもとんとん拍子に進んでいて、怖い。仕事では何度も躓いているけど、旦那との関係は良好だ。ちなみに私、今年の恋のおみくじ、大吉引いてるんですよ。プロポーズは地元の海でされたし、確かに神に感謝したくなるくらいの幸せな結婚ができたわ。

 

書いてるうちに何が言いたいのか分からなくなってきちゃったな。

 

まあ、何が言いたいかというと、多分これからも私は私らしく色々考えて抱えて迷いながらも生きていくのだと思う。けど、そこに情緒を忘れてしまったら、それはもう私ではなくなってしまう。だから、定期的にちゃんと感じたこととか、心の衝撃を忘れないようにしなくちゃって。年齢が、とか環境が、とか忙殺とか関係ない。情緒を飾り立ててどこかに刻んでやるのが、私の人生のお仕事です。

 

 

 

結局、幾つになっても

久々にあの人のブログを読んだ。と言うより、昨日あたりから実は読み直しているのだが、何度読んでもあの人の文章を読むと出会った当時の16の頃を思い出す

 

私とあの人は一つしか違わないのだけど、結局私達は似た者同士なのである、と私は勝手に信じている。

 

私もあの人も、過去ブログ全盛期の頃沢山の読者に囲われた。熱狂的な信者も居てくれた。そんな過去の栄光って、なかなか消えてくれないんだよね。だからこんないい歳しても、あの頃のモラトリアムに縛られて、自分って特別な存在かもしれないっていう幻影が消えないんだよね。

でも、そうだと思ってもいないと、多分生きていけない。特別で、でも生きる力はあるから色々人生がどっかしら壊れているのだけど、それは才能だと思わなきゃやってらんない。素直に破滅的な底辺的人生を送ってます、なんて認めてしまったら、ただの社会不適合者になってしまう。ただの、ただの駄目人間。いや、駄目人間って分かってるよ。分かってるんだけどさあ

 

もう少し夢を見させてくれたっていいじゃないか、情緒に価値をください。

 

勝手に憧れて、憧れすぎて嫉妬して、嫌いになったこともあったけど、結局今もまだ縛られてるんですよ、私。

だって物書きを始めたきっかけ、もろにその人なんだもの。

 

恩師が私の文章を褒めてくれたのも、私は当時その人の文の書き方をほぼ無自覚で完コピできていたからじゃないかと思う。それくらいあの人の文章力というのは素晴らしく、私よりもあの人の方が圧倒的に人気があった。かくいう私も人気絶頂期のその人を見て、他の大衆同じくまんまと魅せられてしまったうちの一人なのだから。

好きな人の色々な部分というのは、勝手に吸収されてしまうらしく、謂わば真似してしまう癖がつくらしい。

そんなこんなで始めた私の文章は、恐ろしくあの人に似過ぎていて、今でいうtwitterでの裏垢みたいに、「裏ブログ」なんじゃないかとコメントされたことも沢山あった。裏ブログでないことが分かると、あまりに影響を受けすぎていますねだの、ほぼパクリじゃないですかだのアンチに絡まれることもあった。まあ、そのご指摘はごもっともなんですが。

 

けど結局、今の今まで、そう。あの頃から8年も経ってしまったけど、今現在も私にとってあの人の文章が一番だ。もう圧倒的一番。死ぬほど好き。

 

そして私は結局あの人の影を追いかけ続けるだけで、超えることもしてない。できていない

 

憧れを引きずり続けることほどかっこ悪いものはないなあと思っていたけど、まさかドツボにはまるなんて。いやほんと、間違った自尊心のつけ方とか覚えちゃったし、本当の本当に、あの人のおかげで、お陰様で今の私が在るよ。恩師曰く、「ジェットコースターのような人生」を送っている今の私が。

 

どうしようもないなって思うんだけど、こんな私が自分でも愛おしくもある。というか、多分普通に生きられない私の人生、自分でも面白くもある。けど、ちょっとしたクソさ加減と、大量の情緒を持ち合わせて生きていくのは、自業自得ながら大変なんだよね。うん、正しく自業自得。そして、因果応報。

 

でも自分の生き方として、間違ってるものは何一つないと思っている。それは昔からずっと変わらなくて。

多分私の強さは過去に後悔をしないことなんじゃないかと思ってる。

 

ある意味、自分は間違ってませんを主張しちゃう老害一直線野郎なんだけどね。

 

風の匂いに自分の情緒を、感傷を乗せてものを考える。海には母を感じる。

毎年繰り返される四季の変化に毎年涙を流す人間が居てもいいのではないでしょうか。

 

あの人にネットで出会えたことが、私にとっての人生の幸せだったと思う

 

 

ありがとう。今だにあなたの文に恋をしています。

 

へーせーさいごのなつ

平成最後の夏、夏休みだなんてもう言えないけど、とある休みの日。花火大会に二回も行けた。

 

隅田川花火大会の花火大会は、私も彼も浴衣を着て現地まで行ったし、淀川花火大会は現地ではないけど近所の河川敷からめちゃくちゃ大きい花火が見れた。

両家顔合わせも無事終わった。明日、婚姻届を二人で貰ってくる。

 

不思議だ。「平成」が終わる。私の生まれた元号が変わってしまう。ついでに、私の名字も。

 

変化がとてつもなく大きい一年だった。多分、まだ続くと思う。でも今年の夏の空は、綺麗なものばかりで、昨年とはえらい違いだった。

一年前は、死んだ顔をして正社員として働いていたっけ。馬鹿みたいなシフトの中、空の高さや鮮やかさにもほとんど気付かず、ただただ仕事をしてた。

 

今年は打って変わって、沢山のイベントに行けた。多分大学生と同じレベルなんじゃないかな。今の内に、沢山しておきたいことをやっておこうと思う。若い頃の苦労は買ってでもしろとはよく言うけど、それ、今の時代はまた違う気がする。勿論した苦労は無駄にはならないだろうけど。でも馬鹿みたいに働いて、めちゃくちゃお金があって、高級なディナーだの高いブランドものの服やバッグを買ったりするより、貧乏でもいいから好きな人と河川敷を自転車で走る休日がいい。私にとってはよっぽどそっちの方が価値あるものだ。

 

沢山海が見れた。好きな場所にも行けたし、友人らにも会えた。沢山寝れて、花火大会にも夏祭りにも行けた。そしていつも、隣には彼が居てくれた。

 

本当に贅沢だと思う。

 

世界一幸せ者だとすら思う。

日々、様々なもの、沢山の人、全ての事柄に感謝です。

 

ずっとずっと幸せ者でいたいです。

 

次の元号でも、幸せになあれ、私。

雨と海

何やら今日の夜から台風12号が関東を直撃するらしく、怒涛の金曜の仕事を土曜朝に終えて、職場から地上に這い上がったらやっぱりしとしとと篠突く雨が降っていたわけだけど、彼の仕事がまだ終わってないらしく、あと1時間はかかると言われたのでそのまま海を見に行こうと思った。

 

よくよく考えれば早朝の海というのはまだ見たことがない。返って天気が悪い早朝の海というものを見たくなった。

おなじみ晴海埠頭に行こうと思ったのだけど、バスの時刻表を見たら30分先になりそうだったのであえなく断念した。

 

そこで、私がいつも電車の車窓から見るとある景色に会いに行こうと思った。

 

彼の仕事が終わるのを待ってる時、私はたまに電車に乗って行ける所まで行って、またそこから待ち合わせの最寄り駅まで帰ってくるというちょっとした電車の旅をする。

 

それはいつもは使わない側の路線だったりで、車窓から見える景色は普段とは全くの別物たちばっかりだ。

その中でも特にお気に入りの場所がある。

 

古い古いネオンが、古びた家の壁に貼られている。

そのネオンが光っているところは、今の所一度たりとも見てはいない。

 

けれど、何となく懐かしい雰囲気のそれを見る度に、私はそのネオンが示している通りの「お店」が、まだ息をしていることを夢見続けている。

 

もし、まだ開いているのであれば、古い薬局だ。そこで働いてる女の子を想像してみたり、汗っかきのサラリーマンがそこで売っている名物の石鹸をはにかみながら買ってるところなんかも想像したりして愉しんでいる。自然派の石鹸や、洗剤などが売られていたらいいのになと思う。

 

虹色で透明なシャボン玉のような恋をしている、そんな女の子が働いていたらいいなと思う。

 

目を閉じて、そんなことを想像する。

 

 

今日は本当はそこに歩いて行くつもりだったのだけど、そっちに行くにはあまりにも足が痛かったので、また今度、と空想の女の子に手を振ったのであった。

 

明日は花火大会、開催されますように。

 

 

夢で逢えたら

どうにも妙な夢を見た。

 

久方ぶりに、強烈な「雰囲気」のある夢だった。もう夢のその「雰囲気」は感覚的には消えてしまったけど、起きたてに凄まじい虚無感と切なさとが襲いかかり、そしてなぜか寂しくなった。

 

アラームで起きて、隣の彼に「所詮夢じゃん」と言われたけど、そうじゃない、そんな風に強く断定しないでよ。これからの生活を共にするのがあなたでよかったよ。こんなにもほっとしたのだから、そのまま抱きしめて褒めてよ。そんな理不尽を心の中で思った。

 

温かく大きい彼の手を握って、夢の中の人物と少し似てることに多少不満を抱きつつ、やっぱり現実に居るのがあなたで良かったと思う。

 

今年の夏は、毎日のように夕暮れ時に感動している。

 

例えば、地元の夕暮れ時、ご飯の匂いと風と空とか。

はたまた、実家の夕暮れ時の温泉の景色とか。

風に色がついてるみたいに、何度も私を塗り重ねていく。

私は何度だって黄色や赤、橙に染まる。

 

 

 

恋人がもうすぐ、恋人でなくなる。

私はもうすぐ、多分、名字が変わる。

 

もう何十年も連れ添いあったような私達。でもなぜか、ここ最近私は彼に恋をし直しているような気がするのだ。

 

私は情緒に生きていると思う。

 

だから、毎日絶対に美しいと思うものを無意識に見つける癖がある。毎日美しい何かに囲まれて息をしているので、頭の中は幻想でいっぱいだ。だからいつまで経っても大人になれない、汚い大人になれはしない。

 

その頭の中の幻想の中で、彼を想っては泳がせる。まだ見た事がない、きっと現実には無いかもしれない私だけの美しい世界を創り上げ、私はその中に彼を放つのだ。

 

私の手首はアホみたいに細く、また手の形や指は我ながら恰好がよいと思うのだが、その手が紡ぐ物語があってもいいと思う。

 

多分、私は何だかんだと言いながら、死ぬまで文を書き続けるのだと思う。多分それでしか、自分の情緒を保てる術が他にないのだ。

画力があれば、絵などでも残せたかもしれないが、それほどまではないし、その上そこから続く何かしらの表現は、一枚絵では到底表しきれない。

 

書いて書いて、読んでもらって、たまに胸打たれてくれる誰かのために、私は多分死ぬまで綴り続ける。

 

書くことへの呪いをかけられたかのように、きっと死ぬまで頭の中は私だけの夜や宝石や光があり、風の色や匂いがあり、私だけの秘密の話がある。

 

それをどうにか星の砂のように恋心を重ねて撒き散らし、夢のような話がしたい。

 

 現実にそんな場所や物が無くたっていい。

私だけの中にあるものを、そのまま描く。

 

だからこれは、私だけの宝箱なの